救える命があれば どこへでも

西日本豪雨災害における物資支援・人的支援

「すべては被災者のために」

                                       AMDA兵庫理事長 江口貴博

 この度の平成30年7月西日本豪雨災害で被災された方々に心からお見舞い申し上げます。

 私たちAMDA兵庫は、阪神淡路大震災をきっかけに立ち上がり、AMDAの掲げる相互扶助の精神に共感し、「震災の時に頂いた支援のお礼をしよう」という掛け声の元、東日本大震災や熊本地震など、多くの災害の現場でAMDA本部と行動を共にして参りました。そして、世界中の災害現場での経験を持つAMDAのスタッフから多くのことを学んできました。今回の豪雨災害における岡山県総社市と倉敷市真備町への物資支援や人的支援などでも、その経験が生かされたように思います。

支援物資の輸送について、宅配業者による輸送では東日本大震災での遅配や九州北部災害での未達の経験から、自ら運ぶのが確実だという思いがありました。また、必要な支援物資は日々変わることや、現場の人間に直接聞くのが一番であるという思いから、AMDA本部の調整員と連絡を取り合い、前日の夜や当日の高速インター付近で必要物資を調達しながら現地に入りました。まさにAMDAの行動原則、ローカルイニシアチブと言えます。

また、今後起こるとされている南海トラフの津波災害において、AMDA兵庫は徳島県阿南市を担当することになっていますが、調整員が不足するとの観測から、今回の災害支援においては、看護師、保健師、薬剤師、検査技師の派遣者が調整員としての経験を積むことができました。南海トラフ地震の発災時には、できるだけ自分たちのスタッフで現場に入り、AMDA本部調整員の負担軽減に努めたいと思っております。

また、今回の医療支援では、被災したクリニックや病院の支援という新たな試みにも関わることができました。鈴記副理事長が、医師として地域医師会とともに被災医療機関の保険診療再開に尽力いたしました。これも、南海トラフ津波災害の際、被災医療機関の再生を手助けするという、AMDAの新たな支援の方向性との認識を深めました。

今回、私自身も医師として現場に入りましたが、菅波代表の現場統率力と人を動かす力にも学びがありました。印象に残った言葉は「すべては被災者のために」。その言葉を胸に刻みながら、これからも様々な災害においてAMDA本部と行動を共にして参ります。今後ともご指導、ご支援を賜りますよう、どうぞよろしくお願いいたします。

最後に、手作りパンの支援を頂いた、知的障害者就労支援施設「パン工場なないろ」の子供達、そして飲料の支援を頂いた、AMDAの応援団「奇兵隊」のメンバー寺嶋社長にも感謝申し上げます。

 

右から二人目が鈴記医師、左から二人目が相羽看護師

NPO法人福祉苑リーベの会「パン工場なないろ」の子供達